Eureka02

 同じことは繰り返さないと決めた初日に、思いっきり同じことを繰り返した手島真希(てしま まき)は、朝一人で朝食を取りながら、大きな溜息を吐く。
「何だって……こうなるんだか」
 朝食は食パンを焼いて、目玉焼きにベーコン。コーヒーを淹れて、新聞を読む。ただそれだけなのに非常に疲れていた。
 朝は眠いのは当然であるが、疲れているのは初めてだ。
 夢を見たわけでもなく、ただ昨日の行為による疲れがまだ残っているのだ。眠ったのは朝方だったか。気を失うように寝た後に一階下の部屋から戻ってきて、風呂に入ってもう一度寝た。二時間ほどぐっすりと眠れたと思うが疲れは取れていない。
 一階下は、昨日転入した学園の教師の部屋だ。
 名前は伊計久嗣(いけい ひさつぐ)。音楽教師。それ以外の情報は知らない。
 出会ってすぐに躰の関係になってしまったのに、真希には後悔の念はなかった。
 ただ誓ったすぐ後にこうなってしまったことへの自己嫌悪だけが残っている。
 真希は前の学校でも教師と付き合っており、その関係で学校を追われた。転入した先ではそういうことはないと高をくくっていたのだが、そうは運命が許してくれなかった。
 毎日のように、教師に抱かれていた日々から二ヶ月。真希はやっと普通の学生としての生活を手に入れた。
 けれど、持てあましていた性欲は自分では処理ができないものだった。
 セックスを知って、その快楽を知った。だからオナニーだけでは満足できなかった。相手を求めるようになっていたが、何とか耐えていたのに。
「まさかなぁ……平然とやってるなんてなあ」
 自分の時は背徳感と見つかった時のスリルもあった。見つかった時は全てを失った。なのに、そうした行為を同じようにしている人たちがいた。
 相手は見つかったことに興奮して盛り上がり、さらには真希を巻き込んで3Pまでした。いくら見つからないようになっているとはいえ、校内であそこまでしたのは前の時でさえそこまでなかったことだっただけに、真希は顔を赤らめる。
 今更であるが、真希は自分の大胆さが出たものだと思った。
 気持ちよさそうな人を見て、自分でも躰が熱くなるのを感じた。実際、伊計とのセックスは病み付きになりそうなほど、相性がよかったのは否定できない。
(あそこまでハマッたのも初めてだったし、やるだけやったと思ったのも初めてだったな)
 前の時は、相手が満足したら終わりだった。それが時々不満で、真希は何度も躰を開いたのだが、それでも収まることはなかった。
 持てあましていたはずの熱を、満足するまで燃やしてくれたのは今回のできごとだ。
 あの行為自体に抵抗はなく、ただ優しくして貰ったので良かったと感じているだけなのだが、まさか教師と自宅が同じマンションで、しかも一階下が教師の部屋で、非常用階段を使うとベランダの行き来ができてしまうとは、想像だにしてなかった。
 お陰で満足するほど抱いて貰った。
 それだけは満足であったが、これで終わる関係ではなくなった。


「お前、いい躰してるな……このまま手放すのも惜しいし、当分俺の専用になれ」
 伊計はそう真希に向かって言った。
 平然とした様子の伊計。ベッドからやっと起きた真希の躰を伊計が触りながら言うのだ。
 まさか次があるとは思っていなかった真希は、返答に困った。
「え……や……その……」
 さすがにまた教師と関係を持ってしまうのはマズイという気がしたのだが、伊計はそういう事情は知らないはずだ。
「もったいないし、お前、自分でこれを満足させるのに俺を使わない手はないと思うぞ」
 伊計はそう言ってくる。それには真希も唸ってしまった。
 この良さを知ってしまった以上、指を咥えて見ているだけしかできないのは、正直辛い。前の教師との関係とは違い、躰の関係だけだと割り切れば、それなりにショックもないのではないかと思えてきたのだ。
 撫でてくる伊計の手を拒めるほどの強さは真希にはなかった。
「……じゃあ、当分だけ……」
 ずっとなんてありはしないのは分かっている。
 伊計にしろ、前の教師にしろ、困ったら別の誰かに乗り換えるだけだ。思いを通わすと辛い目に遭うなんてことは、前のことで分かっている。
 割り切って考える、そう快楽だけ求めればきっと大丈夫だ。そう真希は思った。
 実際、伊計のことは何も知らないし、心だって通わせようもないほど、セックスしかしていなかった。担任でもないし、授業で関わるのも週一回程度、その程度で関係が深まるとは思えない。
 真希はこの時は、そう考えて行動をしていた。


 真希が来てから音楽の授業は一回あった。
 その時は、伊計も知り合いのような態度は取らなかったのだが、真希が転入生であることを聞くと、授業の流れの確認だと言われて、教室に残されたのである。
 簡単に授業のことを説明をした伊計だったが、すぐに真希の躰を弄り始めるのだ。
「あの……この後授業があるし」
 お昼休みであるが、午後も授業はある。そう真希が告げても、伊計は真希の躰を弄っていて、すぐにズボンと下着をズリ落としてしまう。
「あ……んっ……ふうっ……あっああ」
 伊計は準備していたであろうコンドームを付けて真希の躰を貫いた。
「あっんっああっ」
 すっかり伊計の形を覚えてしまった真希の内壁は、待ちわびていたように伊計を受け入れる。
「本当に……お前の中、すごくいいな……ふっ」
 伊計が興奮したようにいい、真希を激しく突いた。
「あはっ……ああっんっ……ああっあっあっ!」
 少しかすれた声になってしまっている真希の嬌声があがると、伊計の挿入の速度も上がる。本当にすぐに済ませるつもりだったのか、あっという間に真希は高められて、一気に絶頂に導かれた。
「ひあっあああっあ――――――っ!」
 いつの間にか付けられていたコンドームの中に、真希は精を吐き出した。
 絶頂した後に倒れそうになる真希を伊計が抱き留めて、椅子に座らせてくれる。
「はあ……はあ……ん……はあ」
 空気を求めて荒い呼吸をする真希に、伊計は唇に噛みつくようにキスをした。
「ん……ふっんんんっふ……ふああ……ん」
 散々貪るようにキスをした後、伊計は自分でも驚いているような顔をしていた。
「お前、本当に煽るの上手いな。正直、お前のことを育てたヤツに嫉妬するくらいに、真希、お前は本当にいい」
 伊計が真希の反応や躰のことをやたらと褒めるので、てっきり伊計はそういうタイプなのだろうかと真希は思っていたが、そうではないことは後で判明する。
「相性がいいなら……それに超したことはないと思うけど」
 真希はそう言ってから、制服を着込んだ。乱れたところを直し、きっちりとしていくと伊計が真希の頬を撫でた。
「今日明日は忙しいから、また余裕ができたら、呼ぶよ」
 伊計がそう言うのを聞いて真希は頷いた。
 真希の心とは裏腹に、伊計の真剣さに真希はどういうことなのだろうかと不思議に思っていたが、どのみち結果は同じだろうと聞くことをやめた。
 音楽室から戻り、教室でお弁当を広げた。買ってきたお弁当である。それを食べていると、席が隣の濱田昇が話しかけてきた。
「あのさ、一つ聞いていいか」
 濱田の言葉に真希は頷くと、濱田が言った。
「手島さ、伊計と寝てるだろ?」
 そう単刀直入に聞かれた。
「……ぐっぼごっ……え? え?」
 食べていたご飯が気管に入ってむせてしまったが、咳をして息を整えると、濱田がお茶を渡してくれた。
「まあ、飲んで落ち着いて。別に脅そうとか、弱み握ろうとか、そういうことじゃないんだ」
 濱田がそう言う。
 ちょうどお昼休みであるから、他の学生は教室には誰もいなかった。それで濱田がこういうことを聞いてきたのだろうが、どこに伊計と初めて会ったであろう真希が、たった二日で寝る関係になっていると気付いたのだろうか。
 とにかく相手が何を思ってそう言い出したのかを聞かないと、真希も答えられないので、黙っていると、濱田が言った。
「俺、半年前まで伊計と寝てたんだ。二ヶ月くらいだけど」
「へ?」
 まさかの展開に真希は驚いて濱田を見る。
「俺の身長がさ、急に伸びたら、伊計のタイプじゃなくなってね。とたんにポイッとされるように関係が終わったんだ。まあその頃には、俺もちょっとこのままじゃ駄目だって悩んでいたのもあって、終わったことは良かったと思っているから、別に伊計を恨んでいるわけでもないんだ」
 濱田がそう語り出したが、本当かどうかは伊計に聞かないと分からないことだ。
 真希の警戒する様子に、濱田は察したように言う。
「ま、否定しないから、そうなんだろうけど。伊計は好みだと速攻で抱くからね。昨日、音楽室に行かせるのはよくないかなと思ったんだけど……俺が甘くみていたみたい」
 そう言われて真希は驚く。
 伊計は好みのタイプに近い方と関係を持ちたがるらしい。それがどんなタイプなのかは分からないが、どうやら数年前にそういう本気になったタイプの学生がいたらしい。
「伊計のタイプが手島に似ているんだと思う。転入生で顔さえ知ってないのに手を出したってことは、そういうことだと思う。でも、好みの本人ではないから、その……本気にならない方がいいと思う……それだけ言おうと思ってたんだ」
 濱田がそう言うので真希はホッと息を吐いた。
 どうやら前に付き合いがあった人からの深入りをしないようにという忠告だったのだ。関係を咎める気は一切ないが、本気になることだけは不毛だからやめておけという話。
「……こういう年代に手を出してるってことは、後先を考えていないってことだって、僕は知ってるから大丈夫」
 真希がそう言うと、濱田は少しだけびっくりしたように驚いていたが、すぐに察したようだった。
 こんな学期の中途半端な時に転入してきた学生というのは、多少の事情があることくらい、いい年すれば分かることだ。真希の答えようで真希が教師とそういう関係になって、そこにいられなくなってここへきた。そんな答えが返ってきたわけだから、濱田は少しだけ困ったように頭を掻いた。
 短い髪がカサカサ鳴るほど頭を掻いた濱田は頭を勢いよく真希に下げた。
「ごめん、忠告だけしようと思ったんだ。俺がそうだったから。けど、そういうことが手島にあったなんて、予想だにしてなかった。そういう可能性も考慮するべきだった」
「あ、いいよ。結果的にそういう話になっただけだし、こういうことなら、濱田は言いふらしたりしないでしょ?」
 真希は必死に謝っている濱田にそう言って、頭を上げるように言った。
 濱田は頭を上げてから言った。
「言いふらしたっていいことないじゃん。俺だって芋づるなんだし」
「あ、そうか……」
 確かに濱田が真希のことを言いふらしたところで、伊計が調べられたら、二ヶ月も明らかに伊計とおかしな行動をしていたであろう濱田も捜査対象になる。さらには校内調査で終わればいいが、警察が関係した事件に発展したら、自分の身も終わる。
「まあ、手島がゲイでよかった。こんな話ができる人はいなかったから」
 濱田がそう言い出して、真希はふっと笑った。
 そういえば、自分も同じ境遇だ。まさか転入二日目にしてゲイの理解者の同級生ができるとは思わなかったことだ。
「僕も、まさかねぇ。こういう話ができるとは思わなかったけど、こっちの方は割と明け透けな人が多くない?」
 真希がそう言うと、濱田が首を傾げる。すると教室に食堂に昼食を取りに行っていた人たちが戻ってきた。
「ちょっと屋上にいこう」
 濱田がそう言って弁当を食べ終わった真希を連れ出す。
 屋上には、教室棟の階段を上がっていくと、立ち入り禁止の鎖がしてある階段に出くわす。しかし跨げば誰でも超えられるもので、濱田も超えていく。
 真希も後を付いていくと、階段を上がりきったところで濱田がすぐ側に窓ガラスの縁に手を当てて鍵を探した。
「あ。誰が先に来てるな」
 そう言って濱田が屋上への出口のドアを開けた。簡単に空いたドアであるが、すぐに外へ出てドアを閉める。
「あんま知られてないんだけど、先輩たちが上手く合鍵を継承しあって、屋上のドアを空くようにしてんだけど、あんまり知られたら皆上がってきちゃうから、一部の人しか知らないんだ」
 濱田がそう言ったのだが、その先で妙な声がする。
「あ……んっ……あっはっあん」
 どうやら先に上がってきていた人が、行為をしているらしい。
 真希がちらっと覗き込むと、見覚えのある人たちがセックスをしていた。
「ああっんっ……あっあは……あっあんっんっ」
 どうやらこちらには気付いていないようで夢中でセックスに興じている。
 真希はすぐに見るのをやめて、濱田が手招いている方へ歩いていった。
 屋上の貯水槽の影がちょうど教員棟から隠れるのにいいので、そこに隠れて話の続きをした。
「ほら、やっぱりオープンだ」
「あいつらは場所を弁えてないだけだ」
 田舎と違うと真希がアピールしたのだが、濱田は違うと言う。
「危機感がないのは学生同士だからだ。手島は本気で気をつけた方がいい。ここの教師はちょっと箍が外れてるやつが多くて、学校側も学生が警察に駆け込まない限りは問題にしないっていう、学園長が面倒くさがりなんだ」
 学生同士がやっていることを学園のせいにするのは間違いで、各々が気をつけることであるとしている。問題は起こせば、ある程度は目を瞑った処罰で済むらしいのだが、教育委員会にまでもつれ込むと、一気に関係者が退学をする羽目になるらしい。
「何か、処分までいい加減?」
「学生の自主性とかいううたい文句に釣られた親も多いからね。そうなるんだろうけど。だから教師が辞めさせられることはほぼない環境なんだ。教師が学生に手を出すことも普通にあって、皆気をつけている。まあ、中には学生生活を楽しむために教師との関係を持ってみる人もいるけどね。楽しみながら」
 そう言われて、真希は思い出す。伊計と音楽室で寝ていた学生は、本当に楽しそうにしていた。色んなことをやってみたかったらしいが、最後は攻めに目覚めたと言って去っていった。
「あー……そういう人はいたなぁ」
 真希がそう言うと、濱田が首を傾げる。
「伊計先生としていた人がいたんだけど……なんか開放的な人だったんで……あと明るくてノリでなんでもやりそうな感じの……金髪で、ピアスをしてたなぁ」
 真希がそう言うと、濱田は覚えがある人だったらしく言った。
「多分、原先輩だろうな。最近、大人しめだと思ってたら、学生じゃなくて伊計とやってたのか」
 原という先輩は、伊計と寝る前に学生を食いまくっていることで有名な人だったらしい。受の方だからか、そういうものに興味がある人が食われて目覚めていくらしい。
「あ、でも攻めに目覚めたって言ってたよ?」
「え……? じゃ……ネコが量産されるのか……?」
 さすがの濱田も驚いたようで、経緯を聞いて原の趣向替えに渋い顔をした。いわゆるどちらもできるバイになるのだろうが、原と寝る人は最終的に受ける側に育てられるのだろう。
「まあ、それは置いておいて。伊計とのことはまあ、好きにしたらいいとは思うけど……他の教師の横やりには気をつけた方がいい」
 濱田がそう言い出して、携帯を取り出して説明をしてくれる。
 学園の教師一覧の写真があるのだが、それを取り出して説明し始めた。
「まず、この加藤。化学教師なんだけど、根城が視聴覚室なんだ」
「ん? なんで?」
「聞きの扱いが一番得意ってだけで、他の教師がセッティングを頼んでたら、いつの間にか視聴覚室がこの教師の根城みたいになったんだ。まあ、実際、視聴覚室も化学室も、特別棟の四階。音楽室に通うなら、気をつけて。加藤は伊計が手を出した生徒を順番に脅して食ってるという噂がある。俺は好みじゃなかったからなのか、そういうのはなかったんだけど。噂が出回っているから、そういうことはあるってことだと思う」
 そう言われて見た化学教師の加藤忠(かとう ただし)は、痩せていて顎が痩けている。目が死んだ魚のようなどんよりとした目をしているのだが、この人の何処に狂気的な部分があるのかは分からない。大人しそうに見えて実はマズイタイプだろう。
「で、その加藤の腰巾着なのが、数学教師の上沢弘城(かみざわ ひろき)」
 そう言われて指さした男は、ボディービルでもやっているかのような筋肉で盛り上がった躰を晒している。服を着ていても分かるほどであるから、本物はきっと威圧感がある人なのだろう。四角い顔が大きな体に乗っているが、目や口は小さめである。
「百九十ある身長で、ボディービルもやってるヤツだから、こいつに掴まらないことが最善だ。こいつに視聴覚室に連れ込まれたら終わり。そう思った方がいい」
 濱田がそういうのには訳がある。
 濱田は嫌がっている学生が、上沢に連れ込まれるところ見てしまったのだという。
 しかし関わりを持ちたくない伊計から、助けるならそれ相応の覚悟が必要だと言われ、見放した過去があるからだ。
「……この上沢が理事の関係者で、気が弱い上沢のことを毎回庇ってくれる加藤を支援しているらしい。化学薬品とか用品も金がかかるからな。だから上沢が関わっていると裏には加藤がいて、操っていると思った方がいい。だから、何があっても終わるまで助けられない」
 泣き寝入りする生徒が多いのか、加藤は薬品を使って一時的に薬漬けにするのだという。
「俺が、見放した学生は暫く様子がおかしかったんだけど、自分から加藤のところに通うっていて、最後は学園を退学した。何があったのか分からないけど……。だから加藤とこの上沢には気をつけてくれ」
 濱田は自分は非力で助けられないと言った。
 権力まで欲しいままにしている相手と学生では、自分が退学をして逃げるしか道がない。できればそうなって欲しくはないと濱田が言う。
 そこから何人か要注意人物を紹介されたが、どの人も意思疎通はできるし、他に見つかることを怖がる人ばかりだった。
 もっともの要注意人物は加藤と上沢の二人くらいだ。
「本当、その二人は気をつけた方がいいよ」
 急に濱田との話し合いに、人が割り込んできた。
「わっ……」
「なんだ、森かよ。お前、割り込んでくるなよ」
 話しかけてきたのは、同じクラスの森秀明という学生だ。百七十五センチほどの身長であるが細身で、真面目な優等生のように黒縁の眼鏡をかけている。整った顔立ちで、とても昼間の校内でセックスをしているような人には見えない。
「先客がいるのを分かってて入ってきたのは、そっちだろ? やあ、君は転入生の手島だったよね」
 森は濱田に文句を言ってから、真希に話しかけてきた。
「あ、はい。すみません、お邪魔をして」
「ううん、いいんだけどね。話の内容からして、もしかして手島はゲイ?」
「そうです……実は」
「ふうん、まあ、よろしく。でさ、伊計の相手なんだ?」
「……あの……」
「濱田が気にかけるなんて、そんなもんだろ? 昨日、音楽室に行くのを断って帰ってたし、一人で用事をしにいった手島が、伊計の毒牙にかかって濱田は付いていけばよかったって後悔してるんだろ?」
 そう濱田は言われて、ぐっと言葉を飲む。
 どうやらそのようで、自分が一緒に行ってれば止められたのにという後悔があるらしい。
「あ、いや、濱田の問題じゃなくて、その場の雰囲気に流された僕が悪いだけだから」
 真希がそう言うと、濱田は咳をして話を進める。
「それも雰囲気に流されないようにはできたと思う」
「あーそれもどうかなぁ……」
 真希はそう言う。下手すれば濱田もまた伊計と関係を持ってしまっていたかもしれない。そう思えるような雰囲気だったのだ。
「手島ってノリがいい方なんだな。まあ濱田がいたとしてもそういう雰囲気になってたってことだろ?」
 森が面白がっている。
「お前は口を挟むなってば……もう」
 濱田が真面目に話をしようとするのに、森が邪魔をして話は進まない。
「とにかくその二人に気をつけておけって話だろ? 坂脇だって特別棟には近づかないようにしてるくらいだ。あそこに入ったら手の内に入るようなものだしな。一人にならないように気をつけていれば、無理強いはできないと思うぞ。上沢は特に気が弱いから」
 どうやらゲイに目覚めた学生をターゲットにしているのは本当のようだ。
「とにかく特別棟に近づかなければいいんだよね。授業以外でいくことはないと思うんだけど……」
 真希がそう言うと、今日のことを蒸し返される。
「伊計がその辺、気をつけてくれるとは思わない方がいい」
 もし警戒しているとすれば、真希を一人になるような状況にはしないはずだと濱田が言う。しかも伊計は誘拐される現場を見ても、関わり合うことを避けたほどだ。
「……うん、助けてはくれないってことだよね。分かってる。保身のためにそうすることだってあるんだと思うし、恨むことはないと思うけど……その辺、言ってみる」
 真希がそう言うと、森がなるほどと頷く。
「伊計が手島に乗り換えたのか。早いな、転入早々じゃん。今までの相手に恨まれるんじゃね? そっちの方が不味くないか?」
 森がそう言うのだが、濱田が言った。
「原先輩だから問題ない」
「あ、なるほど。確かに問題なさそうな人だな」
「しかもタチに目覚めて、ネコ寄りのリバになったらしい」
「え、何その地獄のような目覚め方……うわ、手島、なんかやったな……あの先輩を目覚めさせるってヤバイ」
 森が信じられないものを見るように真希を見る。
 確かに真希を弄っている間に目覚めたと原が言っていたので、真希が何かの要因になったことは間違いはない。だが真希は何かしたつもりもなかったので、どうだろうと首をかしげた。
「特別なことはしていないから分からないけど……元々要素はあったってことじゃないの?」
 真希はそう言う。リードの仕方が酷く上手かった記憶があるので、元々タチの要素もあったところに、してみたくなる真希が来たことで目覚めたと思っているだけの可能性もある。
「あ、あの……こういうのも何ですが……手島くんとなら一緒にしてみたいって気分になるのは分かります」
 そう言うのはさっきまで黙って隠れていた坂脇由(さかわき ゆう)だ。森の恋人で、さっきまでセックスをしていた相手でもある。
 童顔の可愛い顔をして、身長は真希より少し高い程度、体格的には変わらず、茶髪の分、坂脇の方が華やかである。
 しかし、黒髪で大人しいように見えて、色気がダダ漏れの真希の色気のオーラには、坂脇も釣られてしまうだろうと言った。
「マズイなそれ。坂脇がこういうんだから、手島のそれに気付くヤツが段々寄ってくる可能性もあるってことだよな」
 森は真希に対して感じるところはないようだが、人見知りする坂脇が一緒にしてみたいとはっきり言ったことで、真希の色香に迷うものが出てくると心配している。
「とにかく一人にならない。トイレも一人で行かない。学校にいる時は誰かといることを徹底した方がいいと思う」
 濱田がそう言うのだが、真希はそこまでしなくてもと思わなくもなかった。
 田舎では自分は目立たない学生で、誰かに言い寄られたこともなかった。だから教師に熱心に口説かれて絆された。
 伊計のことは分からないが、自宅が上下の位置にあるマンションである。学校で避けることはできるだろうが、伊計がそれを聞いてくれるのかは、今日のことで分からなくなった。
「特別棟には特に気をつけてね……」
「う、うん……わかった」
 坂脇がそう真剣に真希に言う。その目は輝いていて眩しいほどの真剣さで、真希は気の弱そうな坂脇がそう言うのなら、十分に気をつけようという気分になった。
 屋上で話し込んでいたらお昼休みが終わり、五時限目の予鈴が鳴った。
 その場で慌てて屋上から降り、四人は教室に戻った。

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