Sugary-05

 奏は大学に通い始めると、いつも通りに過ごした。
 奏のことは誰も気にしていないから、奏が休んでいた理由を知っている人はいない。もちろん気にしている人もいないので、いつも通りに講堂に入って授業を受けた。
 授業が終わると教授が話しかけてきた。
 六十歳に近い年齢で、綺麗に白髪になった髪を撫で付けてオールバックにしている。細い体であるが背筋はまだ曲がってはおらず、厳しい性格のまま背筋も伸びている。
「奥上くん、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。その節はお世話になりました。おかげでいろいろなことができました」
奏が頭を下げて言うと、教授は笑顔になる。
「いいんだよ。困ったときはお互い様だよ。それで今日は少し手伝いをしてもらいたいのだが、時間は大丈夫かい?」
「大丈夫です、この後四時限目まで講義がないので」
「それじゃ、コーヒーも出してあげよう」
「嬉しいです。教授のコーヒーは久しぶりです」
 奏が笑って教授に着いていくと、教授の部屋の前に誰が立っている。
「あ、教授」
 その人が嬉しそうに話しかけてきたが、教授の方は迷惑そうな顔をしている。
「君はもうここには来ないようにと言ったはずだが?」
 教授の少し険のある言い方に奏は首を傾げる。珍しく怒っているのだなと気付いたのだが、教授はすぐに奏を教授の部屋に入れた。
「君は入っているといい、コーヒーは少し待ってくれ」
 教授はそういうとドアを閉めてしまったが、その時、外で待っていた学生に奏はにらまれた。その睨み方は奏のことを疎ましく思っている様子が窺えて、奏はドキリとしたが目の前でドアが閉まった。
 しばらく外で何か言い合いをしていたが、学生が去っていって教授が部屋に入ってきた。
「すまないね。君の代わりに手伝ってくれていた子だったんだが、何か勘違いをしてしまって」
「そうなんですか……教授、大丈夫ですか? 顔色が……」
 教授はさっきまでの機嫌の良さそうな顔色からは一変して、疲れた顔をしていた。
 奏は教授を椅子に座らせてから、いつものようにお茶を入れた。
「すまないね……」
「いえ、大丈夫ですよ」
 奏がそういうと、教授は溜め息を吐いてから話し始めた。
「どうやら、手伝いをすると成績が上がると思っているらしいんだ。もちろん、その辺と講義内容とは関係が直接はないのだけど、君が優秀だから勘違いをして、単位をくれると思っていたようで、それは関係ない、成績には繋がらないことを告げたのだが、どうしても勘違いしたままで」
 授業の成績が上がるとすれば提出する小論文などが考慮はされるだろうが、奏はそうした見返りは一切求めたことはなく、教授もそれで奏に見返りを与えたことはなかった。 双方がお互いに手伝い合って、教授は年だから力仕事を奏が手伝い、教授は奏の論文などの参考文書を貸してくれたりしているだけなのだ。
 それがどうしても他の学生には分からない。
「僕が帰ってきたから、教授が冷たくなったと取られてしまったかなと、さっきそんな感じで睨まれました」
「そうだろうね……こうなるまえにどうしてちゃんと授業に出ないのか私には理解ができないけれど、授業に出るだけで最低限の単位は上げているというのに」
 教授がそう言ったので奏も頷いた。
 それから二人はいつも通りにお互いの近況について話し合い、奏には弁護士や引受人などが両親によって用意されていたことを聞いて、教授はホッとしたようだった。
「天涯孤独になったと分かった時には心底心配をしたのだけど、私にできることはあまりなくてね」
「でも、僕にとって一ヶ月の休学は本当に助かりました。あの時、そう進めて下さってありがとうございます」
「お役に立てたならいいのだけど」
 教授はそれ以上に何かするつもりでいたようだったが、それも無粋かと思い言葉を飲み込んだ。
「今日はありがとう。久々に楽しかったよ。君が戻ってきてくれて本当に嬉しく思う」
 教授はそう言い、奏が大学に戻ってきたことを喜んでくれた。
 奏は笑顔でお礼を言ってから、教授の部屋を出た。疲れているから手伝いはまた別の日にと言われたので承諾した。
 廊下を歩いて講義室に向かっていると、さっきの教授に絡んでいた人が数人の仲間と一緒に通路にいた。
 奏はそれを無視して通ると、その人が言った。
「教授と寝て、単位もらってるやつ」
 あまりにも失礼な言い方であるが、自分がそうであるから他人もそうだと思っているような侮辱の言葉に奏は関心は持たなかった。だって調べてもらえれば、奏がそんなことをしなくてもちゃんと勉強をしていることは誰にでも分かることだったからだ。
「お高くとまって、無視かよ」
「つーかあいつ、かわいいじゃん」
「あいつってこの間親が死んだんじゃなかったっけ? ほらファミレスにトラックが突っ込んだやつ」
「マジで~鈍臭い~」
 そう言ってさっきの子が奏の両親を侮辱し笑った。
 奏は一瞬怒りが沸いたのだが、すぐに問題を起こしても意味がないことを思い出す。
 あの子にとって、奏を排除するためなら平然と奏を侮辱することは言うのだろう。
 奏が振り返ると、さすがにその子の友達はまずかったと思ったようで焦っているが、その子だけは平然としていた。
 だから奏は言った。
「単位が欲しかったなら、何で授業に出ないの? 授業に出なかったから自業自得の結果なのに?」
 奏の言葉にその子はカッとなっているが、周りの友人たちは笑っている。
「はーい、田北の負け~」
「は? 何言って……」
 田北と呼ばれた子が意味がわかってないようなので奏が続けた。
「論文が最低ラインに届いていれば、講義に出ているだけで教授は単位を出してる。有名な噂だよ」
 あたかも教授が悪いように言われると、さすがの奏も正当性のあることを言いたくなって言っていた。
 他人が何か言ってきて奏が反論するなんて、今までしたこともなかったけれど、今日の奏は我慢はできなかった。
 その反論には田北の仲間も頷いている。
 田北はそれを知らなかったらしく、それどころか勘違いの噂を信じていたようだ。
 授業に出なくても代弁で大丈夫だと信じていたらしい。けれど代弁をしたらその代弁を請け負った人も単位が消えるのも有名な話である。
 仲間に田北がからかわれているのを見ながら奏はそのまま踵を返して講堂に向かった。
 田北が何か叫んでいたが、奏はそれをもう聞かなかった。
 最終の講義が終わってから、奏が裏門の方へと抜けていくと、そこには西ヶ谷が門のところに立っていた。
「西ヶ谷さん……どうして?」
 今日はちゃんと送り迎えをしてくれる及川がいたはずである。
「仕事が早く終わったから、迎えに来た」
 西ヶ谷がそう言うので、奏は笑って西ヶ谷の方に近づいた。
 歩く足がびっくりするほど軽かった。
 奏が駆け寄ると、西ヶ谷が笑っている。
「走らなくても逃げやしないよ」
 そう言われて肩で息をしている奏は顔を赤らめた。
 その様子を見て西ヶ谷がまた微笑んでから言った。
「さあ、今日は何を食べようか? 寿司を買って部屋で食べるか?」
 そう言われて奏はそれでも嬉しいので頷いた。
「よし、行き付けのところに電話しておこう。本当は店で食べるには予約しないと食べられないんだが、いつか奏も連れて行ってやるから、今日は出前で簡便な」
「楽しみにしてます」
 奏がにこりとして言った。
 決して遠慮はしないし、西ヶ谷がこう言い出す時は大抵予定が決まっていることなので、奏はそれに合わせることに慣れた。西ヶ谷がやっていることは奏を喜ばせようとしてのことなので、奏がよほどのことがない限り提案されたことを拒否したことはない。
 ただ、だんだんとその心地よさに慣れている自分を奏は少し怖いと思っている。
 ここから桜庭のことがどうにかなってしまったら、西ヶ谷と一緒にいることはなくなるのだ。彼がこうやって気を遣って助けてくるのは、奏が困っているからよりも、奏の両親に頼まれたからだ。
 だからそのために助けてくれているだけなので、奏は勘違いをしてはいけないと思い直す。
 奏が人と距離を置くのは、こうして向けられた好意が自分だけに向いていると勘違いしてしまうからだ。そういう好意は自分だけに向いているわけではない。そうだと分かった時に奏は距離をとってしまう。
 それを相手は拒否されたと思って離れていく。
 そうしていい人と距離を取るような奏を周りは付き合い辛いと判断して、更に周りとの距離が広がるのだ。
 奏が一人で行動するようになったのは、そうすれば寂しい思いをしないで済むから。
 けれど、西ヶ谷と一ヶ月もの間、ずっと家族のような時間を過ごしてきた奏は、両親を亡くした寂しさも相まって、いつも以上に西ヶ谷に甘えた。
 それが西ヶ谷の邪魔になってないといいのだけどと、奏は思っている。
 そんな奏の後ろ姿を見ている人がいた。
 奏のことを気にかけている教授と、奏に正論を突きつけられ恥を掻いた田北。
 教授は真剣な顔で四階の窓から二人が歩いている様子を眺め、田北は奏の後ろを付けてきて二人が親しげに話しているのを見て舌打ちをした。
 西ヶ谷はそんな二人に気付いていたが、素知らぬふりをして駐車場まで奏と談笑した。


 ゆっくりと奏と西ヶ谷の二人の時間が過ぎているのを快く思っていない人がいる。
 奏の周りを嗅ぎ回り、奏のところに現れたのだ。
 奏の周りが何とか落ち着いて一ヶ月半。その日は土曜日で奏は自宅にいた。
 奏はその日はいつも通りに洗濯物をしながら、なかなか掃除ができなかったので掃除機をかけていた。
 受付の深水から奏のところにまず連絡があった。
「僕の遠縁の人?」
 まったくの予想外の人が奏を訪ねてきたのだ。
 なんでも奏の母親の兄弟の嫁と親戚という、どう考えても全く見ず知らずの人であるが、親族であることは間違いないらしい。ただ世間一般でこういう人を本当に信用できるかと言われれば、否である。
 奏はすぐに西ヶ谷に連絡をして、奏自体はその人には会わずに、弁護士を通してもらうことにした。
 相手は一旦引き下がったのだが、次の日には何者か分かったはずだと強引に押し入ってきたのだ。
 西ヶ谷はそうした人たちを奏と合わせない限り、もめるのだろうとまず弁護士と共にマンションの一階にある会議室に通してもらった。
「奏君、もう大丈夫だよ、私たちがついているわ」
 そういう会ったこともない人に言われ、奏はすっと西ヶ谷の後ろに隠れた。
 正直言って、怖かった。
 この人たちがたとえ母親の一族だとしても会ったこともなければ聞いたこともない人を信用できるはずもないのだ。
「申し訳ありませんが、座っていただけますか?」
 西ヶ谷がそう言うので、二人は渋々とばかりに座った。
 そして言うのだ。
「あなたたちが、奏君の代理人ですか? それ本当ですか? 嘘吐いて騙しているんじゃないですか?」
 と二人は言い出した。
「我々が奏君を騙して、何になります?」
「さ、財産を横取りでもできるでしょ……奏君はそうやって騙されているようですけど。私たちは騙されませんよ」
 そういきり立っているので、西ヶ谷はふと気付いた。
 この二人は誰かに嘘を吹き込まれているのだということにだ。あと、この二人の目的ももちろん奏の財産であることもだ。
「僕は騙されてませんし、あなたたちよりこの二人のことを信用してます」
 奏がそう言い切ると二人は奏を睨み、続けて言った。
「ほら、そうやって言うように言われているんだわ。可哀想に騙されて……」
 奏にむかって平然と言うので、奏の方が驚いてしまった。
 何を根拠にこの人たちは自分たちの方が信用できると思ったのだろうか?
「僕は自分の意思で弁護士を雇っています。あなたたちが僕の保証人になると言っても、僕は僕が選んだ弁護士を外す気はありません」
「だから、その弁護士に騙されているのよ!」
「じゃあ、その騙されている内容をはっきりと口にして下さい。何にどう僕が騙されているのか言ってもらえますか?」
 奏がそう言うと、二人はグッと息を飲んだが、奏をまだ丸め込めると思ったのか続けて言った。
「君の財産は、その男に流れるようになっている……から」
 その男と名指しはしなかったが、視線は西ヶ谷に向かっていた。
 どうやら西ヶ谷が画策して奏の財産を横取りしていると言いたいらしい。
「どうして? 僕の遺産相続したものは僕が弁護士とちゃんとした書類を制作して僕が受け取るようになってますよ。両親の保険金も受取人は僕ですから、西ヶ谷さんが受け取るなんてことはないです。もしそんなことになっていたら、僕は警察に詐欺として事件にしてもらってますけど? それでも僕が騙されているというなら、警察を呼んできてもらってもいいですよ」
 もちろん遺産相続に関してのものを弁護士が奏を騙して書類を制作した場合、弁護士は書類の偽造にあたり、詐欺になる。もちろんそれを受け取ることになる西ヶ谷も同罪だ。
 だから、もしこれで納得できないのであれば、警察を呼べというのは奏が騙されていると主張する側の勘違いだと国家権力に知ってもらうにはちょうどよかった。
「何言っているのよ! 私たちは心配してここまで!」
「……なら、どうして最初に両親に焼香をしたいと言わないんですか?」
 奏がそう言うと、二人はギクリとした。
「僕のことを心配して下さるのは嬉しいのですが、僕は両親を亡くしたばかりで、あなたたちからお悔やみの言葉すらもらってない。両親の遺骨はもうすぐ四十九日でお墓に入ることになりますが、まだ僕の手元にあります」
「そんなこと……後からでも……」
「でしょうね。だってあなたたちは僕の心配より、僕が持っている両親から相続したお金の方が大事でしょうから」
 奏の言葉に二人はグッとまた息を飲んでいる。
 最初から西ヶ谷にも、奏と親しくもない親族が出てきたら、それは完全に遺産目当てだと思えと言われていた。
案の定のことで、奏は驚きはしなかった。
 一度も会ったこともないどころか、ここまで両親のことを気にかけもしない親族が言う言葉から、奏を心配してきたという嘘がありありと分かってしまった。
「もしあなたたちに僕が引き取られたとしても、僕はあなたたちにお金の管理を任せることはないです。僕は二十歳を過ぎていて、自分のことは自分で決められます。そういう権利を僕は執行できる年齢です」
 奏のはっきりとした言葉と決意に夫婦は奏が騙されるような子には見えなくなったらしい。
「何……話が違うじゃない……」
 まず女性の方が舌打ちをしてストンと椅子に座って指の爪をかみ始めた。苛ついたらする仕草らしく、それに夫が溜め息を漏らしたのだ。
「だから言ったじゃないか、こんなことに関わっても碌な事にならないって」
 夫の方が白状しそうなので、西ヶ谷はやっと口を開いて夫の方に聞いた。
「奏が一人になって財産を抱えていて、その財産を好きにできると吹き込んだのは、何処の誰です?」
 その西ヶ谷の言い方に何か奏の方に問題があるのだろうと察した夫が口を割った。
「……奏のことをよく知るという不動産会社の男が、奏が独り身になって困っているから助けて欲しいと言っていると……なんでも財産やマンション、会社とかまで引き取った男に取り上げられて、可哀想だって……」
 そう言ったので、奏は西ヶ谷を見た。
 そんなことを親族に吹き込んだ男は、もしかしなくても一人しかいない。
「桜庭か……この辺りからどうこうしようとしているわけか」
 西ヶ谷が舌打ちをする。
 おとなしくしていると思っていた桜庭が意外なところで動いていた。
 奏が知らない親族を見つけ出し、奏の心を乱そうとしているのだ。
奏が少し震えると、西ヶ谷は奏の手を取ってしっかりと握った。
 大丈夫だここにいると言ってくれている。奏は息を吐いてからその手を握り返した。
「あなたたちはその人を知っている?」
 桜庭という名前が出てきたことで夫の方が尋ね返してきた。
「ええ、知ってますよ。奏にいかがわしいことをしたい輩です。まだ手を出してはきてませんが、奏に何かをしようとこうやってあなたたちを使ってきたというわけです」
 そう言われた夫は更に溜め息を吐いた。
「怪しいとは思ってたんですよね。なのに妻が乗り気になって……」
「なによ、あなただってお金が手に入るかもしれないって……」
 二人はその場でいい争いをしているが、西ヶ谷たちは興味はなかった。
 そこで二人に質問をした。
「あなたたちの他に、親族と呼べる流れはありますか?」
 そう問われた二人は考え込んだ。
「うちは二人兄弟で私に子供はいないから……親族はいないも同然だけど。妻の方には親戚はいますが、それでもそちらとは繋がりもなくて、つきあいも一切ないです。ここまで離れたら普通に気がつかない。私たちも言われて初めて、そういうものなのかと思ったもので……」
 夫がそう言うので、奏には本当に一族と呼べるような親族は存在しないらしい。
 この人たちが引っかからなかったら、他の人を選んだのだろうが、きっとそこまでの遠縁なら誰も引っかかりはしないだろう。
「それで、あなたたちは警察を呼んで、奏の周りを調べさせますか?」
 そう西ヶ谷が言うと、二人は首を振った。ここまで自信満々に警察を呼んでくれた方がいいと言うような人たちだから、間違いはないだろうと思ったらしい。
 もちろん警察を呼ばれて困るのはこの人たちの方なのかもしれない。まさか財産が欲しくてきましたとは言えないだろうし、もし調べて彼らの背景にお金が絡むようなことがあったとすれば彼らの方が疑われるだろう。
「いえ……すみません。こちらの勘違いで先走ったことを……」
 二人はそういうと、頭を下げて謝った。今後桜庭からの接触があった場合は、西ヶ谷の方に連絡をするように約束した。
 夫婦もこれ以上自分たちが犯罪に関わるのは嫌だったらしく、それを了承した。
「あわよくばで誘い出して、奏がこのマンションから出てくるのを期待していたのか」
 桜庭が考えていることは、奏から財産などを取り上げて、逃げ道を塞ぎ、一人になったところで手に入れるつもりだったようだった。
 それにしても桜庭がまだ奏を諦めていないことが分かり、西ヶ谷も気を引き締めた。
 さすがに目の前で手に入る寸前を掻っ攫われたことが相当悔しかったらしい。
 奏はそこまでして桜庭が手段を選ばなくなっている事実に恐怖で震えた。どうして桜庭にそこまで執着されるのか分からない。桜庭に何かをした覚えはなかったし、懐いたこともない。特別に対応したこともなかったし、そもそも桜庭とは会話らしい会話をしたのは、葬式の時が初めてだ。
 だから桜庭という人物は、両親に嫌われていて、話をしてもいけないし、着いていってもいけない、けれど邪険にしすぎてもいけないという妙な立ち位置の人だ。
 だから奏を手に入れたとして、桜庭がどうしたいのかも分からない。けれど葬式の時の桜庭の気配は今考えると危険な気配がした。あのままついて行っていたら、きっと地獄の始まりだっただろうと思えた。
「奏、大丈夫か?」
 西ヶ谷が話しかけてきた時にはさっきの夫婦はもう去った後だった。
「……はい……でも怖いです」
 そう言う奏を西ヶ谷は肩を抱いた。
「大丈夫だ、私が付いている」
「はい……」
 その声色と言葉に奏はホッとしたように微笑む。
 西ヶ谷は及川に奏を任せると、すぐに弁護士の酒井と話し始めた。