R18novel短編

淫猥-1

「あ、梶田くん、ちょうど良かった」
 会社の廊下を歩いていると、社長が部屋から出てくるところに出くわせた。
 社長は梶田に用があったのか、梶田を見かけると、手を振って呼び寄せる。
「どうかしましたか?」
 梶田は社長の秘書をやっている。とはいえ、ほとんどが会社内部の雑用も兼ねているため、社長から呼び出されるまでは、ほとんどは雑用をやっている。
「いやね、これから出張なんだが、あいや、梶田くんはいいんだよ。でね、今日、ほら山本物産の社長さんと会食だったでしょ。大事な取引の話もあったんだけど、どうしても飛行機が間に合わなくて、中止にしようとしたら、向こうさんがね、梶田くんを出してくれたら話は進めておくって言うんだよ」
 社長がそう一気に言い出して、梶田は内容を飲み込むのに苦労した。
「えっと、つまり私が山本物産の社長と会食をすればいいわけですね?」
「そうそう、あのBプランの取引の話だから、絶対に落とすわけにはいかないんだ。だから会社の社運が梶田くんにかかってしまうわけだけど……」
 そういきなり社長に言われて、梶田は一瞬怯む。
「いや、まあ、社長さんも気軽にどうぞって言っていたから、今回のうちの工場の問題も仕方ないと言ってくれたし、好意的だから、失礼さえなければ大丈夫」
「……あ、はい……」
 本当に大丈夫なのかと思ってしまう慰めだが、これを梶田が断れるわけなかった。
 この会社の社長とは、就職難の時代に良くしてもらった恩がある。
 面接であちこちの会社を落とされていた梶田を、たまたま落ち込んで座っているところ、社長が話しかけてくれ、その話の中から社長が秘書兼雑用が欲しいのだけれどと、この会社の内定をもらった。
 中小企業であるが、それなり業界でも有名である会社で、内定をもらったことは梶田にとっては神からもらった奇跡である。
 仕事は確かに秘書兼雑用であるが、それでも梶田の頑張りを会社の人たちは認めてくれたので、仕事は楽しかった。
 あれから四年経っているが、未だに梶田はこの会社で秘書兼雑用をしている。居心地がよくて仕事もスキルアップして、秘書の資格もちゃんと取ったし、雑用のために会計や経理などの必要な資格も取ったほどだ。
 だからこのことは断れない。
「じゃあ後はいつものように頼むよ、梶田くん」
 社長は用事を伝えるとさっさと出張に出かけてしまう。
 梶田は、さっそく準備をして仕事を済ませてしまうと、時間の余裕を持って会社を出た。
 接待自体は何度か行ったことがあるが、それでも会社の命運をかけたものだと話が違ってくる。
 失礼のないようにと先に料亭に入り、料理や食事が終わった後の土産なども店の方で説明を受けたり質問をしたりした。店のモノは山田物産からも問い合わせを受けていろいろ準備しておりますといい、失敗はなさそうだった。
 梶田は時間まで料亭の庭を見せてもらい、秋色に染まった紅葉や木々を眺めて時間を潰した。
 すると、まだ時間まで三十分はあろうかという時に、自分たちの部屋になるところに誰かが立っていることに気付いた。
 長身のきちりとしたスーツ。顔は見た覚えがないが、銀縁の眼鏡をかけていて、鋭い視線を向けてきている。インテリな姿の美青年だ。
 誰だろうと振り返ると、向こうから声をかけてきた。
「こんにちは、随分早いお着きだね、梶田さん」
 そう言われて梶田はハッとする。
「あ、山田物産の影沢社長……失礼しました」
 梶田がそう言いながら庭から戻ってくると、影沢は笑って言った。
「慌てなくてもいい。まだ時間ではないからね」
「でも……申し訳ありません」
「さあ、早いが食事にしよう。ここの料理は上手いからね」
 あくまでも謝る梶田に、影沢は庭から上がってくるように手を貸してくれて、梶田はその手を取った。
 すっと上がると影沢の手が梶田の指を撫でるように親指でススッと撫でてくる。それに梶田はふっとゾクリとする感覚に、ピクリと肩が動いた。それでも影沢は何かを試すように三回ほど撫でてから、手を放してくれた。
「……さあ、こっちに」
 影沢がそう言うので、梶田は影沢の胸の中に入るような形で招き寄せられた。
 梶田はよく分からないが、影沢に案内されるがままに部屋に入った。ちょうど女将がやってきて、早めになったが食事を出していくと告げた。
 予定では三十分早めになったが、それでも六時である。夕食にはちょうどいい時間である。
 様々な食事が用意され、刺身に揚げ物に秋の山菜などがならぶ、影沢の希望で日本酒が用意された。熱燗よりは冷やが好きだと言って、何本か女将に運ばせた。 食事が終わると、つまみを用意して貰い、更に影沢は酒を飲む。それに梶田は付き合わされたが、断りにくくてたくさん飲まされた。
 そうしたところで、影沢が言った。
「君の会社との取引なのだが……」
「あ、はい」
「今回は実はA社との話もあってね」
「A社……」
 A社は梶田の会社とライバルで同じ事業である。だから方々の仕事で顔合わせる競争会社であるから、もちろん仲は悪い。そんなA社ももちろん、この話には口を挟んでくるわけで、影沢がそう言い出すのも仕方のないことである。
 だが、A社の業績がここ最近上がり、梶田の会社が苦行に追い込まれているのは事実。だからこの仕事は絶対に取らなきゃいけないものだった。
 そこで梶田の会社はすでにA社に後れを取っているということを影沢が言い出したわけだ。
 お前の会社は他に何をしてくれると。
 こんな大事な話を聞いていなかった梶田は。
「まさか、A社と……もう話がまとまっているのですか……?」
 泣きそうになりながら影沢を見上げた。
 影沢はそんな梶田をじっと見てから、喉を鳴らした。
「まだ、そこまで話が進んでいるわけじゃない。ただ」
 影沢はそう言うと、席を立ち、隣の部屋の襖をガラリと勢いよく開いた。 そこには、真っ赤で大きな布団が敷いてあり、枕が二つ、そして小さな灯りが灯されている。
 それに梶田は一瞬、どういうことなのかという顔をしたのだが、次第にそれをドラマか何かで見た気がして、ハッとして思い出す。
 会社の偉い方たちが飲んだり食べたりした料亭の隣の部屋に、セックスをするための部屋が付いているやつだ。大抵、無理矢理でそこで女性が相手をさせられるのだが、まさに今それが自分に向けられているのだ。
「……どう、いう?」
 それを聞いておかなければ、勘違いだと相手を怒らせることになると思い、梶田は尋ねた。
 すると影沢はニコリとして言うのだ。
「君が私に抱かれてくれれば、今回の取引は君の会社を選ぶということだよ」
 そう言われ、やはりそういう言いだったのかと気落ちした。
 影沢は楽しい話をしてくれて、好意的に思っていただけに、こういう手法を使うような人だったことが、梶田にはショックだったのだ。
「断ってくれても構わないよ。その場合、A社に仕事を回すだけのことだから」
 絶対に会社のために梶田が身を投じることを知っているという発言だ。
 それもそのはずで、今回の工場の事故で社長が出張をしていなければ、きっと仕事はA社に決めていたというわけだ。つまり仕事内容ではなく、接待の内容で決められるわけだ。それも梶田にはショックだった。
 けれど、梶田がそれを断れるわけもない。
 社長には世話になっているし、助けてもらった。その恩をまだ返せていない。だからここは影沢の望む接待に応じて、社長に山田物産の仕事をプレゼントするしかない。
「……本当に、仕事、もらえますか?」
 梶田は確認するように影沢に尋ねた。
 これが確実ではなかった場合、身を投げ出しても意味がなくなる。
 それに影沢は断言した。
「もちろん、そのつもりで私は今日ここへ来た」
 影沢はそう言うと、書類を出してきた。その書類は、契約書の署名のものだ。それに影沢は署名をして、あとはこちらが署名をするだけの契約書。ちゃんと見ると梶田の会社の名前が契約者になっていた。
「これを君に渡す。それで明日には調印される」
 確かにあとでなかったことにすることは、影沢も首を絞める結果になるだけだ。梶田が泣き寝入りすることを予想して、契約書を破棄することもできるだろうが、それでは意味がない。
 それに最初から影沢はそのつもりで来たと言った。
 社長が来られないから代理をよこせと言ったのも影沢で、その相手に梶田を指名したのも影沢だ。
 だから最初から影沢は梶田に用があったのだ。
「さあ、この書類を鞄にしまうのかしまわないのか。君が選ぶんだ。無理強いはしない」
 影沢はそう言うと、上着を脱ぎ、ハンガーに掛けている。
 梶田は悩んだ末に、その書類を自分の鞄に入れた。そして上着を脱ぎ、布団がある隣の部屋に入った。