R18novel短編

情炎(じょうえん)-1

 その日は、特に何かあるわけではない日だった。
 世間様では五月の連休が終わったところで、テレビや新聞も日常的なものになっている。そんな中、鏑木(かぶらぎ)は、やっと取れた休みを満喫するわけでもなかった。
 朝から何か嫌な気分がして、落ち着かなかったのだ。
 それがどういうことなのか分からないが、妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。
 その日の予定はなかったし、出かけて何かあっても嫌だなと思いながら、携帯の確認をした。昨日は疲れて寝ていたので、全て放置して寝ることに専念した。
 充電器に置いたままの携帯を取ると、赤いランプが光っていた。何か着信していたらしく、慌てて携帯のロックを外して中を見ると、ショートメールが届いていた。友人の林など、数人を繋がっているため、鏑木も彼らと共通の話題で盛り上がる時に仲間内で使っているルームへの着信であった。
 それを開いてみると、衝撃的な言葉が書かれていた。
 ――――――叶内(かなうち)、死んだってな。
 その書き込まれた言葉に、鏑木は目を見開いた。
 叶内とは、高校時代の友人の一人で、林たちとも付き合いがあった。クラスメイトでもあったし、大学に入ってからは、帰省した時には食事したり、飲みに出かけたりもした仲間の一人である。
 ただ、携帯でのやりとりは誰とも何故かしていなかった。
 本人の弁によると、家族の意向で持たせて貰えないのだという。大学時代もバイトをさせてもらえず、結局、人伝いにしか連絡は取れなかった。林達も上京していたから、地元に残った叶内は、次第にグループからは離れてしまっていた。
 だから、その名前を見て少しだけ驚いた。
 静かな人だったという印象だ。友達の騒ぎを一緒に騒ぐのではなく、静かに側で笑っているだけだった。そんな叶内であるが、勉強はできたし、運動もできた。しかし高校の終わりに心臓を痛めたと聞いた。
 元々、心臓が悪かったらしいが、激しくなければ運動もできたはずだったのだが、それもできなくなり、心配した家族が束縛をしたようだった。
 叶内を自宅から呼び出すと、その家族に嫌な顔をされた記憶がある。
 そんな叶内が死んだというのだ。
 やはり持病の心臓の関係なのだろうか。
 そう思って書き込まれた内容を読んでいくと、仲間内でその噂話になっていた。
――――――自殺だって。
 ――――――聞いた。心臓も限界だったらしいって。手術も移植以外にないって。
 ――――――葬式も密葬みたいにしたらしくて、他のクラスメイトもたまたま寺の息子に話を聞いて知ったって言っていた。
――――――俺等も知らされてないから、皆驚いていた。俺等のグループにいたじゃん、あいつ。だから連絡ないのが意外だって。でも俺等、あの家族に嫌われてたじゃん。連絡なんてくるわけないって。
 ――――――そうだよな、鏑木くらいしか、実家に入れて貰えなかったもんな。そういや。
 ――――――そうそう、でも鏑木にすら連絡がなかったようだし。というか、何かあったんなら、鏑木が黙ってる必要ないしな。
 ――――――おーい、鏑木〜。
 ――――――多分寝てるって。あいつ連休に休みがない仕事だったし、今頃、やっとの休みで死んだように寝てるっての。
 ――――――そっか。まあ、鏑木。こういうことだから、なんかあったら知らせてな。
 ――――――おやすみ〜。
 ――――――またな。
 そうして話は終わっていた。
 叶内が死んだのは本当であるが、皆、地元に住んでいる他のクラスメイトに話を聞いたという。
 前に叶内に会ったのは、去年の大晦日だった。
 正月に帰れないから年末に帰省をしていた時に、実家に叶内が尋ねてきたのだ。
 部屋に入れて、小さな鍋を母親が用意してくれて、二人で食べたのだ。
 特に酒を飲むわけでもなく、黙々と鍋を突いて食べ、最近どうだ?と普通の会話をした。
 叶内は実家の不動産業の会計を手伝い、躰の負担を少なくしていると言っていた。心臓の様子も落ち着いていて、無理をしなければ普通に暮らせていると。だが、結婚などは相手に負担を掛けるのでするつもりはないし、子供を望めない。生きるだけで精一杯だと少し苦笑していた。
 その日は、そういう話をして、暫くすると叶内の実家の人間が叶内を迎えに来た。
 ――――――もうよろしいでしょう?
 叶内を迎えに来た男がそう言った。
 叶内はそれを聞いて少し笑った。
 ――――――ああ、そうだね。もういいよ。十分だ。
 それが叶内の答えだった。
 ――――――じゃあ、さよなら。鏑木。よいお年を。
 叶内がそう言った。それに鏑木は。
 ――――――よいお年を。あ、どうせ言えないから先に行っておく。あけましておめでとうってな。またな!
 叶内はそれに笑って手を振って、車に乗り込んで去っていった。
 それから叶内には一度も会ってないし、話をしていない。
 その日からたった半年だ。
 社会人になると、それくらい普通に友人に会わないこともある。まして地元にいる友人ともなれば、一年なんてあっという間である。
 だが、叶内は自殺をした。
 どういう状況だったのか分からないが、自殺だったのだ。
 心臓が悪化していたのは、年末には分かっていたのだろうか。それでわざわざ鏑木を尋ねて、実家まで来たのだろうか。そうとしか思えないほど、あの時の叶内の静かな笑みに何かある気がした。
 叶内を迎えに来た男が言っていた言葉は、もしかして別れの挨拶をしたのかという問いだったのだろうか。そう思えてならない。 
 だから、さよならという言葉はそういう意味だったのかもしれない。
 叶内と別れるときに、さよならなんて言ったことはない。ただいつも、またなと言っていたからだ。
 心臓移植もそう簡単にできるわけではない。順番を待っている間に死んでしまうことの方が多いという。
 ふと携帯から目を離して、テーブルの上を見ると、新聞に混じって、郵便受けから取ってきたダイレクトメールの間に、古風な白い封筒を見つけた。
 拾い上げてみると、裏には叶内の文字があった。
 しかし叶内の家族、妹の名前であった。
 ――――――ああ、連絡はくれたのか。
 そう思って封を切ると、中には三枚ほどの紙が入っていた。
 そこには妹の勝手で手紙を書いたこと、兄の叶内の手術が間に合わないほどに躰調が悪化したこと、年末にお邪魔をしたのは、兄の我が儘で、お別れを言いに行ったこと。様々な想いが篭もっていた。
 そして自殺。
 とうとう発作を起こし、次の発作で死ぬことが分かってしまった時、兄は自分の意志で死を選んだと書いてあった。
 病室で首を吊って自殺をした。死んだのは、一月の年が明けてすぐだったらしい。
 そして、心臓以外の丈夫な臓器は他人に移植されたという。それが遺書に書いてあった意志だったので、家族が叶えた。せめて、丈夫な臓器だけでも生きていてほしかったからと書いてある。その気持ちは分からないでもない。
 だが、そこからが問題だった。
 ――――――兄は、臓器を移植された人に成り代わって生き返ってくるつもりがある。
 そう遺書を書いていたらしい。
 何を言ってるんだかと思ったが、妹は本気でそれを怖がっている。
 どうやら、その時の叶内の様子が、まさに狂気をはらんでいたらしく、早く生まれ変わりたいから自殺したというのだ。
 それも、叶内は、鏑木に会うためだけにだ。
 ――――――兄は、鏑木さんを愛していました。友人としてだけではなく、人としてそして男として。その執着は酷く、呪いにも近いものでした。
 叶内の生への執着の一つの理由が、鏑木だと言うのだ。
「死んだのに、何言ってんだ……」
 やっと声に出た。
 その時だった。
 タイミングがよく家のチャイムが鳴った。
 ビクリとして、思わず携帯を落としてしまったのだが、チャイムは何回も鳴った。
 どうやら、誰かがオートロックの前でチャイムを押しているらしい。それに気付いて、慌てて手紙を置いてインターホンに出る。
『お荷物です』
 対応したインターホンには男の人が立っている。箱を持っているのが見えた。
「はい、今開けます」
 そう答えてロックを外す。
 どうやら宅配便が来たようだ。何か注文した覚えはないので、母親辺りが送ってきたのだろう。
 一分ほどして玄関のチャイムが鳴った。
「……はーい」
 すぐに玄関を開けると、さっきのインターホンに出た男が立っている。百八十センチはあり、大きな躰をした男。鏑木よりも身長が十センチは違い、躰の大きさも違う。
 宅配された荷物は大きな荷物なので、玄関に入って貰い、廊下に上げて貰う。
「サイン、お願いします」
 受取票にサインをお願いされ、ペンと一緒に受け取って壁に向かってサインをし始めた時だった。
 玄関のドアがガチャッと閉まり、宅配便の男が玄関に鍵をかけ、チェーンをしている。
「……なに、して」
 と、言いかけてハッとする。
 男が笑っている。
「鏑木……やっと見つけた」
 宅配の男はそう言って、いきなり鏑木に襲いかかった。
 鏑木は声を出す暇もなく、男に押しつぶされる。
「……っ!!」
 床に躰をぶつけられ、受け身を取らなかったせいで、一瞬だけ記憶が飛んだ。