R18novel短編

獣の本性-1

 井浦(いうら)は朝の電車が苦手だ。
 ぎゅうぎゅうの満員電車の方がまだマシだと思う。
 都心へ向かう電車と違い、都市部から地方へ向かう電車は、ラッシュを除いては、割合空いている。皆が想像している満員電車は滅多になく、少し混雑している程度だ。
 そんな都市部から離れた大学を選んだのは、通勤事情もさることながら、第一志望の大学に落ちたからだ。
 そうした劣等感は、ある程度大学に通っているうちに解消される。
 だから井浦は第一志望に落ちたことは今はそこまで悔しくない。実際、その大学に受かった友人もいたが、今では付き合いもなく、通勤、バイト等で会うこともなくなれば、気まずい思いもしなくて済んだからだ。
 それに第一志望の大学では、就職が難しいところもあり、正直あのまま合格していても就職までたどり着けたか分からない。
 第二志望の大学は、そうした就職事情が違っていて、大学の二年になる頃には大学のOBが仕事の紹介をしてくれたりする。
 そこでバイトをしながらそのまま就職する流れもできている地域だった。
 そこで井浦もバイトをしながら、就職もほぼ決まりと言われるように資格を取ったりもしていた。
 バイトは午後五時から午後十時には終了する上に、時給も高いことから、井浦の大学生活は順調だった。
 そんな井浦の悩みと言えば、最近の朝の電車で合う痴漢だ。
 どういうわけか、相手は男。自分も男であるが、気の弱そうな細身の男とは違う。少々筋肉もありごつごつとした体をしているはずだ。身長も百八十近くあり、小さいわけでもない。見るからに男で、痴漢をしようだなんて考える人間が理解できない。
 まして痴女からされるなら、まだ少しくらいは分かるがしてくるのは男である。
 最初は手が当たっていると気付いた。だがそれがリズムに合わせてわざとやっているようだと気付いて払いのけた。そのうち、尻をがっつりと掴んできたり、股の間に鞄などを挟んできたりとエスカレートする一方で、埒があかない。
 そして今日もまた尻を撫でている手がある。だが今日は払いのけようにも周りに人が多くて身動きが取れない。珍しく混んでいるのか、どんどんと流され、開かない方の扉に体を押しつけられた状態で動けなくされた。
 満員電車で退いてくださいとは言えず、しばらく辛抱していたのだが、人はそれほど減らず、体を押しつけてくる人間の息が荒いことに気付いて、やっとこれがわざとやられていることだと思い当たったのだ。
 だが、体を動かそうとするも周りにいる人間に急に腕を取られて窓ガラスに押しつけられた。それをやっているのは両隣にいるスーツを着たサラリーマンだ。
「え? なん……」
 声を出して逆らおうとすると、今度は後ろからスッと出てきた手が井浦の口に何かを押し入れた。それが布だと気付いた時には、口に布が入り込み、その布で口が拘束されていた。
「……う゛っ!」
(ちょ……なんだこれ!)
 悲鳴を上げようとするも、押さえつけられた腕がどうやっても動かない。相手に両手で押さえつけられたら、井浦ほどの男でも逃げることができない。
 すると別の手が伸びてきて、ズボンのファスナーをさっと開くとポロリと井浦のペニスを出してしまった。
「う゛っう゛っ!」
(嘘だろ! 何やってんだ!)
 抵抗しようとしたところ、そのペニスを強く握られてしまい、その強い力に井浦は暴れることができなかった。まるで握り潰してやるというような相手の手の力に恐怖したのだ。
「そう、いい子だね。このまま見つかったら、電車でペニス出した変態ですってこっちから叫ぶよ?」
 ハァハァと少し荒い声がそう言った。
 まさかと思考が停止しそうになった。このまま暴れて逃げ出したら、こっちの口が塞がれているのをよいことに、この変態が逸物を出したという風にされるというのだ。
「こっちは十人はいるから、君の主張は通らないと思うよ」
 そう言うのである。
 確かに目撃者が一人と十人では、きっと警察は目撃者が多い方を信用するだろう。
「いい大きさのお○んちんだね。しゃぶったらおいしそうだ」
 男はそう言いながら、恐怖で体が動かなくなった井浦のペニスを扱き始めた。
 不幸なことに、こんな状況でも相手にテクニックがあればペニスは勝手に勃起してしまうということを井浦は知らなかった。
「んう゛っ……う゛っ……んん……」
(やめろ! やめろ! いやだ! そこに触るな!)
 自分がオナニーをしている時に気持ちよくてやってしまう擦り方を、別人にされる感触がどういうわけが心地よかったのだ。最初のうちは乾いた音が鳴っていたのだが、そのうちクチクチュという濡れた音が鳴り始める。
 井浦の先走りが相手の手の中で広がり、それで擦りつけられて音が出ているのだ。
「ほら、もう出てる」
 そう言われて尿道をぐりっと指で押さえつけられた。まるで絞り出すように擦られているのに、蓋をされたようにされ、ビクリと体が震えた。
(……嘘だ……こんなの!)
「お○んちん、気持ちいいね〜、ほらほら、ぴゅっと出しちゃいなよ」
 男がそのまま言ったように、ペニスを手で追い詰め、井浦はあり得ないと思いながらも、その痴漢男の手で射精をさせられた。
「う゛う゛う゛っっんん――――――っ!」
(いくぅ――――――!)
 ビューッと勢いよく吐き出されたモノがドアに吐きつけられて、白い液体をダラリと床まで垂らしている。幸い射精したこと自体は誰にも見られてなかったようで、周りは騒がしくはない。だがそれでも酷いことだった。
「う゛――――――っ」
(うそだうそだ!)
 気が動転して暴れそうだった井浦に。
「いいねぇ、してなかったのかな? めちゃくちゃでてるよ。これで変態の仲間入りだね」
 男がそう言い出した。
「満員電車で知らない男にペニスをしごかれ射精した変態男」
 耳元でそう言われて井浦は顔を真っ赤にした。
(くそっくそっ!)
 確かに男の言う通りで、今、誰かに見つかったらそれこそ終わりだ。こんな姿を誰にも見られたくない。
「かわいいね。今日はここまでにしてあげる。ほらペニスもしまって、猿ぐつわも外してと」
 やっと痴漢から解放されると井浦が安心するのだが、周りの客が精液の匂いに不審な声を発し始める。
「なんか、臭くない?」
「何の匂いだろ、臭いね」
 女子高生がそう言い出した。どうやら何の匂いかまで限定できてないようだったが、匂いだけは少し離れていても臭うものだ。
「なんだろ?」
 その言葉がどれほど心臓を抉ったのか、分かる人がいるのなら同じことをされた人間だけだと思うと井浦は思った。
 この臭いに覚えがあるのは男性の方で、もしかしたら近くに立っている男性の何人かは気付いたかもしれなかった。
(……ど、どうしよう……)
 心臓が大きな音を立てて、耳に雑音が入ってこなくなる。
 すると電車は井浦がいる側のドアが開く駅に到着し、精液がかかったドアがさーっと開いていく。人に吐き出されるように井浦もその駅にさっと降りた。人の流れに乗って、電車から離れ、とにかくあの残滓の後と自分を結びつけられないように遠くへと足を運んだ。
 駅の階段をゆっくりと下りていくと、乗客は目的地に向かって先に歩いて行ってしまった。誰もいなくなった階段で、井浦は暫く立っていた。
 すると電車は二分ほど停車した後に、何事もなく発車していったが、あれが見つかるのはいつなのか分からない。もしかしたら、掃除をするまで分からないままかもしれない。
 井浦はとりあえず騒ぎにならないことにホッとして、ホームに戻って側にあるベンチに座った。
 するとその場で足が動かなくなった。
 大学へ行く途中なのだから、すぐに次の電車に乗って大学へ逃げようと思うのだが、やってきた電車に乗ることができなかった。
 そう怖くて電車に乗れない。あの痴漢たちがまた同じ車両に乗ってきたら、また同じ目に遭わされると思うと怖くて仕方がなかった。
 暫くホームに座っていたが、やっと震えが収まったと同時に口の中が気持ち悪いことに気付いた。
(……タオルか何か押し込まれたっけ……)
 とにかく猿ぐつわをされた口を洗いたくて、水道がないか探すが見つからず、ホーム内にある自動販売機で水を買い、それを持って公衆トイレに行った。
 幸い、綺麗なトイレだったことが救いだった。
 誰もいないのを確認して中に入り、手洗いのところで持っていた水で口を濯いだ。
「くそっ……なんでこんなことに……あ」
 そこで思い出した。あの男が触った井浦のペニスにはまだ汚れがついている。
「……くっ」
 思い出しても気分が悪い。
 開いていた個室に入り、男が触ったペニスを水で洗った。案の定、ペニスには自分で吐き出した精液が塗りつけられていて、べたべたとした感触があった。
 これじゃ到底、大学には行けない。下着まで少し精液が付いた後があるので、きっと匂いがするかもしれない。
 盛大なため息を漏らしてから、ペニスをトイレットペーパーで拭こうとした時だった。
 水で洗うので擦ったペニスが少し起っていた。
(こんな時に冗談だろ……)
 あんなことがあったというのに、井浦のペニスはさっきの感覚を忘れられないのか、気分が冷めていくはずなのに、どんどんと先が持ち上がってくる。
 これでは身動きすら取れない。まさか勃起したまま歩くなんてことができるわけもなく、この場で抜くしかないわけだ。
 誰もトイレにいないことを、そっとドアを開けて確認してから、井浦は仕方なくペニスを扱く。だが急いで吐き出したくても、そうなってくれないのが性欲。
 何をおかずにして抜けばいいのかわからず、携帯を操作する。写真か何か適当に探してしよう思ったのだが、ふとメールが着信していることに気付いた。
 着信時間はさっきまでホームにいた時間だ。
 どうやら呆然としていたのと、マナーモードにしていたために気付くことができなかったらしい。
 ふっと操作をすると、知らないメールだ。操作をすると、勝手に添付ファイルが開く。それは動画だった。
「やべっ」
 ウイルスメールか何かだと思ったのだが、流れてきた動画の声に聞き覚えがあった。
『う゛っ――――っうっう゛』
 そこには口を塞がれた井浦が映っていた。
 あまりの驚きに、井浦はそのまま動画を止めることができない。
 男が何かいいながら、井浦のペニスに手を這わせ、そしてしごき始める。
 上から誰か別の人間が撮っていた動画らしく、手ぶれは酷いが、ペニスがすっかり起ち上がり、男の手によって高められていく姿は何かの企画動画のようなものに見えた。
 そして嫌がっているはずの自分の顔は、トロリとした目をして涙を浮かべてはいるものの、ペニスを扱かれて気持ちがいいという、快楽の姿をしていた。
 まさかその時の自分がそんな顔をしているとは井浦も思わなかったが、男の手管をしっかりと伝える動画に井浦はどうしようもなく、興奮していることに気付いた。
 そっとペニスに手を伸ばし、動画を見ながら男がやっているような手つきでペニスを扱く。さっきまで興奮すらしなかったため反応が薄かった井浦のペニスが、先走りを出して更に勃起していく。かちかちになったペニスを一生懸命扱き、先走りで滑りながらもその滑りを借りて扱いた。
「んふっんっんぁっあっあっあっんっ」
 自然と声が口から出てくる。誰かが外にいれば当然気がつくほどの大きさの声だ。
 ニュチャニチャとべた付く音と共に気持ちはどんどん高まっていく。射精感が出てきてもうすぐイクと感覚で分かる。
 その時、動画の中の井浦も達しそうで、体を震わせていた。
『う゛っう゛っう゛―――――っ!』
「あぁんんっあぁふんっ」
 そして動画の中の井浦と一緒に現実の井浦も射精をした。
 勢いよく吐き出された精液は便器の中に叩きつけられた上に、井浦はそのまま小便までしてしまった。シャーッと勢いよく出た小便が終わると、ゼエゼエと肩で息をした。
(なんてことしてんだ、俺は)
 そうやっと普通の思考が回ってきた。
 慌てて動画の再生を止めようとしたが、すでに動画は再生を終えていて勝手に止まっていた。そしてその瞬間、メールの着信を告げるバイブレーションが起こる。
「え?」
 見計ったタイミングで届いたメールは、動画を送りつけてきたものと同じ送り主だった。
 また何かを送りつけてきたと思い、音量を下げて開くと、今度は音声ファイルだった。
「…………っ」
 気になり再生をすると、それは。
『あぁんっあっあっあっん、うふんっあんあっあっ』
 甘い声を出して公衆トイレで今まさに井浦がやっていたオナニーの音声だった。
 誰かがこの場所にいて、このオナニーを聞いて、更に録音をしていたのだ。
「ひっ!」
 井浦は慌てて音声を止めて、携帯を握りしめた。
 なんで今日は、こんな酷い日なんだ。