R18novel短編

君という光-2

 次に日向が目を覚ました時、日向はベルで起こされた。
 けたたましいベルが鳴っていて、何だと起き上がると、そこはホテルだった。何が起こったのか分からないが、とにかくベルが鳴る電話の受話器を取った。
『お客様、現在8時でございます。本日のチェックアウトが9時となりますのでお時間をお間違えになりませんようにお願いいたします』
 そう言われてちゃんとしたホテルだと気づいた。
「あの……ここの代金……」
 日向は周りを見渡しながら恐る恐る電話をしていたホテルの人間に尋ねた。どうみてもビジネスホテルではなく、帝国ホテルのような作りの古いホテルだったからだ。
 確実に財布に入っていた金額では到底足りるわけがない。というより、その財布も無事かどうかもわからない。
『柳原様からお代金等いただいております。なお、冷蔵庫等のお飲み物などの代金もいただいておりますのでご自由にお使いくださいとの伝言を承っておりました』
 そう言われて電話は切れた。
 日向は慌てて起き上がり、部屋の中を見渡すと、昨日着ていた服がクリーニングされて綺麗になって吊されてるのを見つけた。自分はバスローブ一枚で寝ていたことにやっと気づいた。
 裏路地でセックスをアホみたいにした記憶しかない日向は、とにかく落ち着くために冷蔵庫から水を取り出して一気に飲んでから呻いた。
「……くそ、どこの誰ともしれないヤツと路地でやった挙げ句に、気を失って、ここ何処とか……人に言ったら死んでなくてよかったねって言われる……」
 そこまで言ってからハッとして振り返った。
 テーブルの上には日向が持っていたバッグが置いてある。
 飛びつくようにバッグのところまで走っていき、急いで中を確認した。財布、そして中身、カード類、携帯、書類。すべて確認したがなくなっているものはなかった。
「……何なんだ?」
 路地でセックスするような相手が、実際は金持ちでこんなホテルを取ってくれて、親切に介抱してくれた上に、身の回りのモノも持って行かないのは何なのか。本当に理解できなかったが、すぐに日向は察する。
(……そういうことか)
 いわゆる金持ちの男が成り行きで拾った男と、路地でセックスするスリルを味わっただけなのではないかということだ。露出狂の性癖があり、ああしないといけない男だったのかもしれない。
 変態の行動に付き合ってくれる人は少ない。何より犯罪に当たる行為だ。金持ちの男も素性を探られたくないだろう。
 たまたま利害が一致しただけのことだ。
 男は路上でセックスする相手を探していた。日向は慰めてくれる人が欲しかった。それだけのことだ。
「そうだそういうことだ。よし帰ろう」
 日向はそう思うことにして、昨日のことは忘れようと思った。
 そもそも行きずりの男と路地でやるなんて、正気だったら絶対にやっていない行為だ。だからあのときは酔っていて寂しかっただけだ。
 慰めてもらったのだと思うことにした。
 実際、男の行動には驚かされたし、今も驚いている。
 正直な感想、泣きながら一人で寝るなんてことにならなかったことが救いだった。
 失恋のショックはこの愚かな行為で奇跡的に助かっていることで上書きされた。
 日向は急いで服を着替え、荷物を持ってホテルを出た。ロビーでもカードキーを返しただけで本当に代金は要求はされなかった。
「またお越しくださいませ」
 と親切丁寧に送り出された。
 ホテルを出ると、あの路地と割と近い場所にある有名な高級ホテルであることが分かった。入ったこともないし、入ることもできないような場所だったため、一気に気持ちは冷めた。
 名前は柳原だったか。そう従業員が言っていた。
 だがそれも忘れよう。
 男もそこまで気にしていないはずだ。終わったことだ。
 日向はそう思うと、地下鉄の駅に降りていった。


「分かりました、もう日向には関わりません」
 完全に諦めた声が柳原に向かってやっと言葉になったように言った。
 言ったのは和智。日向の元彼だ。
 別れた後、何を思ったのか。翌朝、日向のマンションの入り口で日向が出てくるのを待っていたのを柳原が見つけて声をかけた。
 日向の知り合いと名乗り、和智から話を聞いた。
 すると和智は昨日は別れを切り出したが、一晩経ってやっぱり別れたくないと思い、日向に謝りに来たというのだ。
 だが柳原はそこで和智を説得した。
「子供はどうする? まさか子供に母親よりも男を取ったと知られてもいいと? 日向はあんたのことを信じて待っていたけど、子供ができたなら仕方ないって泣いて身を引いてくれたのにそれを無にするって?」
 そう言われて和智はやっと自分の子供ができるという事実を思い出したようだった。
 そこで柳原は気づいた。この和智はその場の空気で流されるタイプなのだ。押してくる相手を断れず、そのまま相手に合わせてしまう。良くも悪くもよい人なのだ。
 日向にカミングアウトされてそのまま付き合ったように、見合いで親同士から押しつけられた相手の女性も可哀想だと思ったのだ。
 だからきっとまた地元に戻れば、子供が生まれると言われて結局日向を振る。そしてまた日向が可哀想になって、別れないと言い出す。
「悪いけど、日向のことは諦めてくれ。日向に父親を奪った男だって子供に言わせないでくれ。可哀想だろう、日向が」
 あくまで子供が可哀想なのではなく、日向が可哀想だと押し切る。
 こういう男は相手を思いやった自分に美徳を感じる。日向が将来に苦しいことになると言うと、真に受けてくれる。まあ、実際間違いではないからだ。
「そもそも日向と別れることになったのは、あなたが浮気をして日向に不誠実にした結果だ。別れを切り出したのは褒めてやるけど、やり直したいとか身勝手すぎる。日向はいつでも誠実にしていたのに、あなたは裏切った側だ。それをやり直したいなんて虫がよすぎる」
 柳原がそう言い切ると、和智はさすがに反論はできなかった。
 柳原は何も間違ったことは言ってなかったし、日向が何も悪くもなく、和智が悪いのである。その点柳原は別れることにしたのは誠実だとして認めた。それも間違いではない。
「確かにそうでした。私が、許されないことをした結果でした。申し訳ない。私はいつまでも日向に甘えて、その甘えをいつまでも受け入れてもらえると勘違いしていた」
 和智はそう言い、やはり別れることは悲しいけれど、それが自分がした行動の結果であることは受け入れていた。日向に別れを告げた時よりもすっきりしたように柳原に向かって礼を言い、そのまま故郷に帰ると言って喫茶店を出て行った。
 それを見送った柳原は、メールで日向がホテルを出たことを知る。
 絶妙のタイミングですれ違ってくれた。
「やっと綺麗に別れてくれたのに、やっぱりやめますって戻ってこられても困るんだよ」
 柳原がそう言うと、コーヒーを持ってきた喫茶店の店長がため息を漏らした。
「柳原さんも怖いね。三年間通い続けて、やっとって」
 そう言う。
 柳原とよばれた男はそれには苦笑するだけだった。

 三年前、この喫茶店に通ってきていた日向を目にした時からずっと思いを寄せていた。暇なときはストーキングして、様々な手を使って情報を仕入れた。
 大学を出れば別れるかと思っていたが、そうではなかったので仕方なく和智の親に息子がゲイだという情報を流した。大抵の家庭はこれを不快な手紙として読み捨てにしてしまうが、和智の親には心当たりがあったのだろう。
 それからの和智の親の行動は早かった。
 父親を偽装病人にして見合いをセッティング。息子が親に弱く断れないことを知っていたから強引に呼び戻し、更に見合いをさせ、見合い相手には既成事実までさせた。
 その見合い相手にも和智が男と付き合っていると流し、競争心を煽った。見合い相手は元々は和智の同級生でずっと和智を好きだった思いを持っていたのを利用させてもらった。
 柳原の思惑通りに皆が動き、日向は一人になった。
 可哀想だったが仕方ない。日向の相手に和智は相応しくなかった。日向がいるのに他の女に押し切られたとはいえ、平気で寝て中出しするような人間だ。今回のことがなくても、いずれ同じことが起こって、日向は捨てられるからだ。
 日向の知り合いとは柳原自身が知り合いになり、日向とは顔を合わせないようにしながらも二人が別れるまで待つという健気な男を演じた。
 日向に皆が冷たかったのは、日向がゲイ仲間には優しかったのに対し、和智の仲間と思われたくないという態度が嫌われていたためだ。別れてよかったと思った人が多かったし、柳原との間を取り持とうとしていたのもある。
 上手く立ち回った柳原であるが、昨日の泣いていた日向を見たら、もっとやり方があったのではないかと思わなくもなかった。
 けれど、それも日向の姿を見るまでのことだった。
 それから一時間ほどして日向が戻ってきた。
 昨日の泣いていた姿とは違い、何かすっきりしたように晴れやかに微笑んでいる日向の姿を見たら、やったことは間違ってなかったと思えた。
 これからのことを考えて柳原はニヤリとする。
 どうやって再会して、どうやって日向と恋人になろうかという計画だ。
 用意周到に周りを固めているから、恋人同士になるのは確実だけれど、恋愛気分というのも味わってみたいと思い出したためだった。