R18novel短編

優しい殺し方-1

 池谷は大学の講義室で、ため息を一つ吐いた。
 メールだ。恋人の黒田からの命令メール。
 午後の部室で、一人。
 つまりセックスしてこいというものだ。
 黒田と付き合い始めたのは一年前、黒田の恋人がたまたま池谷に恋したことで、黒田が池谷を襲撃した。そして女にしてやると言って池谷を抱き、抱き心地がよかったからという理由で池谷を無理矢理恋人にした。
 それから黒田は池谷に執着を見せ、池谷はDV被害者のように黒田から離れることはできなくなった。
 というのも、黒田は池谷の親も脅し、池谷は逃げ道を塞がれていた。実家に逃げ帰れば、黒田が現れ、家中を壊していく。そして警察に相談した母親が、電車に突き落とされて死んだ。
 警察も証拠がないので、黒田のせいだとは決めつけられないといい、母親は転落事故で事故死したことにされた。
 父親はそれで心臓を悪くして入院をした。
 その父親の入院費を黒田が出してくれている。
 なんでも親から何百万と上手く融通してもらったと言っていた。
 つまり、池谷は父親を人質に取られてしまった。
 逃げれば父親は病院を追い出されてのたれ死ぬしかない。ただでさえ母親が黒田に殺されたかもしれない恐怖があるが、父親を見捨てるわけにはいかなかった。
 池谷は黒田に世話になりながら、日常を送るしかなかった。
 黒田が飽きるまでは。
 
 しかし黒田が池谷に飽きることはなかった。
 それどころか行動がエスカレートし、池谷を他の男に抱かせては、黒田と比べさせるのだ。自分がいいと言わせるためにだ。
 それから半年、池谷はすっかり大学の男子学生の間で、オナホールというあだ名を付けられるほどに、誰とでも寝た。
 だが全員がそういう対象に池谷を見ているわけではなかった。池谷の家の事情や黒田のことを知っているものは、池谷を避け、関わるのを辞めることで、池谷と寝ることはしなかった。
 このまま人生が終わるのか、大学生活が終わるのか、父親が死ぬのが先かという問題になっていた。

 池谷はそんな中で、部室で一人の学生と寝た。
 名前は知らないし、知りたくもないから誰だか分からないまま、すぐに挿入ができるように準備をして尻を差し出す。
 学生はすぐに挿入して腰を使い出した。
 黒田の言いつけは、挿入だけを認めるもので、池谷の体に触ったり、ペニスを弄ったり、まして優しく抱くのは禁句。さらには予約無しで池谷を犯したりすれば、黒田がその学生を大学にいられないようにしていた。
 まさにオナホール扱いしかできない。
 学生は挿入して、勝手に達するまで腰を振る。前立腺を刺激されれば嫌でも声が出る。「あっんっあっあっあっあぁっ」
 声はできるだけ出せと言われている。挿入している人間は声を殺されては盛り上がらないからだ。だから池谷は挿入で漏れる声を喘ぎ声だと錯覚させるように声を上げていた。
 こんなことはいつまでも続かない。
 やがて教授が知ることになる。そうなれば、池谷が大学を追い出されるだろう。そうなれば、黒田を振り切って父親と逃げようと思っていた。
 その準備を立てていた。父親は弁護士を入れ、逃げるための算段をとっている。
 だが、その池谷に問題が生じていた。
 気付いたのは、二ヶ月前くらいだろうか。部室で黒田とセックスに興じていると、誰かが窓の外から覗いていた。たまたま部室前を通った人間かと思ったが、それはセックスが終わるまでそこに立っていた。
 黒田は気付いてなかったが、池谷は気のせいだと思っていた。たまたま嬌声が聞こえたので思わずオナニーをしてしまったという人間がいなかったわけではない。
 だからその類いだと思っていた。
 それから部室でセックスをしていると必ずその人間がそこに現れるようになった。それも毎回講義中でもだ。
 さすがにどういうつもりなのかと、池谷はセックスが終わった後、その人間が立っていた場所を覗いてみた。そのところの壁には精液がぶっかけられていた。どうやらセックスを見ながらオナニーをして、射精までしていったらしいのだ。
 それから部室でセックスをした後に確認すると、毎回必ず射精をしていた。
 それが二ヶ月前からほぼ毎日続いている。
 さすがに黒田との接点がない池谷を抱きたい学生か何かだと思おうとしたが、それだけでは済まなかった。
「あっん……あっあっあっん……あんっ」
 喘いでいるところで窓を見てみると、その人間と目が合った。
 カーテンの間から覗いていて、池谷と目が合ってもそらす様子がなかった。「あぁああっんっあっあっあっぁあっ」
 明らかに相手が扱いているのが分かった。はぁはぁと息が上がっているのか、窓ガラスが曇っている。
「んふっあっんっあぁっあっあっ」
「うぉおおっ!」
 学生が呻いて、コンドームの中に射精をした。
「ああ、すごい、よかったよ」
 学生はそう言ってペニスを抜いてコンドームを捨てている。池谷は息を吐いて、下着やズボンをさっと穿いてしまう。
「なあ、黒田なんかと付き合ってないで、俺と付き合わない? 俺んちも黒田の家に負けないくらいに金持ちだけど?」
 そう学生が言い出して、池谷は苦笑する。
「心臓の悪い父親の面倒をあなたが見てくれるの?」
 池谷がそう言うと、相手はすっと目を逸らした。心臓が悪いという爆弾を抱えた父親の面倒なんて学生が見られるわけはないし、家が金持ちとは言っても学生が親から大金を引き出せるとは池谷は微塵も思っていなかった。
 黒田は特別だ。そうしたことをやれる。
 毎月出る数百万の医療費を、黒田は出してくれるのだ。
 その違いを突きつけると、学生はそそくさとお大事にと言って逃げるように部室を出て行った。
「……まあこんなもんか」
 大体、セックスをしているのに他人をオナホールとしか思っていないような人間に、黒田の変わりができるとは池谷も思ってはいない。
 黒田は酷い男だが、その酷い男よりも酷いのが、黒田から池谷を買っている学生達だ。
 黒田ほどの執着もこだわりもないくせに、簡単に淫乱な男が手に入ると思って口説いてくる。そういう人間に反吐が出る。
 それにしてもと池谷は窓を開けて外を見る。
 さっき覗いていた人間はやはり覗きでオナニーをしていたようで、壁には精液が垂れている。
「こいつもどうにかしないと……」
 知った顔かと思ったが、そうではなかった。どうやら年下で講義があまり被らない相手のようだ。まして、黒田の紹介でセックスをした一人かと疑っていたが、それもあり得ないことになった。
 とにかくしつこい男であるのは間違いはない。黒田とは違った意味での居心地の悪さに池谷は身震いをした。


 それから池谷が出歩くところに、その男が顔を見せるようになった。食堂にいけば食堂に、講義にでればその部屋に、道を歩いていると後ろにと、とにかく池谷をストーキングをするようになった。
 気持ち悪さがあるが、直接話しかけてくることは一切なく、接点を持つようなこともしない。周りにいた学生にあれは誰だと聞くと、神山という名前であることが分かった。 
 神山は大学入試を首席で入学した人間であるが、人嫌いが酷く友達はいないのだという。最近は講義もさぼり気味であるが、どうやらこの大学に来たかったわけではないのだという。
 いわゆる京大に落ちたので、仕方なくこの大学に入ったという形であるので、京大を受け直すのではないかと言われている。浪人をして京大を目指すのは、さすがにプライドが許さなかったのか、親の指示かは分からないらしい。
 なんたってそんな人間に目を付けられたのか、池谷は意味が分からない。池谷は外見は男でそれなりに背も百七十五はある。運動をしていたこともあり、少し筋肉も付いているので、その辺の可愛い少年というわけでもない。
 だから黒田が執着を持つ理由も分からなかったが、そんな神山が池谷に執着する理由も分からなかった。