R18novel短編

元カレ-1

 姉が結婚をした。
 留学をした海外にいた玲央(れお)は、結婚式当日になって初めて姉玲奈の夫を見た。
 名前は江里口貴之。
 江里口商事の次期社長で、御曹司。
 姉はその会社に勤めていて、暫くは海外に転勤していた。玲央が留学をするのを機に日本本社に戻った。なので、玲央と玲奈は六年ほど会ってはいなかった。
 そのため、会話らしい会話は一切なく、当然お互いの情報のやり取りは唯一繋がりがある母親を経由していた。
 姉が結婚するという話は聞いたけれど、相手がどうとかは玲央には興味がなかった。だから相手の顔も名前も知らないままで、二年の留学から戻ってきた。
 その日は結婚式の前の日で、結婚式の当日に初めて相手を知った。
「……初め、まして……弟の玲央です」
 そう言って握手をする。すると貴之もにっこりと笑って握手をしてきた。
「初めまして、貴之です。可愛い弟だなあ。俺一人っ子だから、弟ができてうれしいなあ」 
 そう言った。
 貴之は、留学する前に付き合っていた元カレだ。
 留学が決まり、そのままそれを理由に別れた。貴之は別れたくないと、遠距離を望んだのだけど、とてもそれを維持できると思わずに玲央は別れを何度も切り出して、そのまま留学に行った。
 なので、玲央からすれば別れていることになるかもしれないが、貴之からすれば別れているとは言えない状態だった。
 しかし、貴之が結婚するという話は、友人を経由して知っていた。二本にいるときはしつこかったのだが、留学をして一切の関わりが消えて、何もしてこない相手の様子を一応は把握しておいた方がいいだろうと、調べて貰ったら、結婚である。ああ、諦めてくれたんだ、結婚か、良かったと話したのは二ヶ月前だ。
 それがどうだ。目の前で姉の玲奈と結婚すると言うのだ。
 悪夢としか思えない。まして玲奈と同じ苗字で、弟がいることも名前だって知っていたはずだ。知らなかったなんてことは一切ないはず。
 商社の御曹司ともなれば、相手の調査くらいするだろう。だから、全く偶然ですとはいえない。
「あら、あたしとは余り付き合いはないわよ?」
「いいじゃん、男同士、結託するから」
 貴之はそう言って、その場を盛り上げる。
「もう仲良しなの、良かったわ」
 母親はそう言って笑っている。
 この場の雰囲気を壊したくなくて、玲央は話を合わせた。
この場を治めてしまえば、親族の集いくらいでしか合うことはなくなる。そうなれば、関係は薄れていく。そう思い、その場を何とか乗り越えた。
 結婚が上手くいっているなら、わざわざそれを自ら壊すことなんて、さすがにしないと思ったのだ。
結婚式は終わり、二人は新居に引っ越した。
 玲央も実家を出ていたので、大学近くにある部屋を借り直した。
 最初の頃は不安だったが、次第に日常に塗れているうちに、心配事は消えた。
 

それから一年後。
 母親から家族旅行をするので、日程を開けるに言われた。
 しかし気まずいので、断っていたのだが、母親が強引に日程を決め、当日にわざわざ玲央が自宅にいるところを無理矢理に連れ出しにきた。
「いけないって言ったじゃん」
「いいから、荷物は母さんがしてあげるから」
「ちょっと……なんで?」
 困っている玲央を尻目に母親はさっさと荷物を作り、玲央も仕方なく行くことになった。
 しかし意外なことが分かったのは、車の助手席に乗せられてからだった。
「母さん、明日、友人の葬式があって、いけなくなっちゃったの。玲奈も急な出張でいけなくなって、貴之さん一人になっちゃったから、玲央に付き合ってもらいたいって」
「え?」
 まさか、二人っきりになるとは思いもしなかった。
「え、じゃあ、別の日にしたらいいじゃん」
 そう玲央が言うと、貴之が言った。
「それが、別の日だと俺の日程が空かなくてね」
「せっかく仕事ばかりの貴之さんの休みなのだから、あなたが付き合ってあげなさい」
「……そんなっ」
 計ったかのように二人っきりにされ、母親は駅で車を降り、玲央は車から降りるわけにもいかなかった。
いや、降りようとしたのに車の鍵がすぐにロックされたのだ。
 貴之は、玲央の腕をキツく掴んで、母親には笑顔を向けている。母親が手を振ったので、玲央の手を取って貴之が振り替えした。
 すぐに車が発進して、二人っきりになる。
「あっちに着いたら、すぐに帰りますから、適当に話を合わせたください」
 そう玲央が切り出すと、貴之はそれを無視した。
「……あの?」
「何処に行くか知らないのにね」
「何処ですか……?」
「車で行けるところ」
 そう言った後、貴之は何を言っても答えてはくれなかった。
 車は高速に乗り、どんどん北を目指している。地名は最初こそは分かったが、埼玉県に入った辺りで地名が分からなくなった。
 埼玉だとは分かっているが、いる場所が不明。
 携帯を取り出して現在地を知ろうとすると、その携帯を取り上げられた。
 運転中の人に飛びかかることもできず、睨み付けるだけになった。
 信号で停車中は、腕を捕まれ、逃げないように何重にも用心された。
これは恨まれているのだと、玲央は気付いた。この人は玲央の振られたことをまだ恨んでいて、玲央に酷いことをしたいのだ。
 あんなに優しい人だったのに、怖くて逃げるように留学を選んだ。この関係が続けば、きっと自分は駄目になる。そう思ったのだ。だから留学ができることを知った時に飛びついた。
 それから二年、そして貴之が結婚してから一年。三年が過ぎて、何もないと安心していた。
 でもそうではなかった。


 車で着いたのは、山奥の別荘だった。
「降りなさい。でも、道を戻っても無駄だって分かってるね?」
 そう言われて、玲央は車から降りた。
 別荘地は少し寒さがあるところで、こんな所に家族旅行にきてどうするんだと、玲央が思っていると。
「元々は、温泉地に行く予定だったのを、お母さんが来られないと分かったから、急遽変えたんだ。知られたくないなら、温泉が良かったくらい言った方がいいよ」
 貴之はそう言って、別荘の入り口に向かった。
 ロッジのような建物は、普段は使ってないのか、それとも人は殆ど来ないのか。薄汚れてはいたが、中はしっかり支度がしてあった。
 外が寒かったので、エアコンは入っていたし、暖炉はガスで付けていた。直前まで人が来て準備をしていたのだろう。
「元々は、父が買ったものだ。今は誰も使ってないが、地元の人に管理を任せている」

 不思議そうな顔を読み取ったように、貴之が言った。
 この人は、玲央の考えていることが読めるのか、いつでも玲央の声にしない質問に先回りで答えてくれる人だったと、玲央は思い出した。
 でも、この人は姉の夫だ。
 別荘に入って居間に行くと、貴之は別荘の鍵を閉めた。
「熊も出るし、物騒だからね」
 そう言う。熊が玄関を開けて入ることもあると、ニュースでやっていたのを思い出す。車のドアだって熊は開けられるくらいに人に慣れているらしい。
「お腹空いているだろう。食事の用意できている。お前の好きなステーキにした」
 そう言われて席に行くと、鉄板がまだ熱を持っていることに気付いた。
「……」
 確かにテーブルには、玲央の好きなモノばかりが載っている。ご飯よりもパンが好きなのも、魚より肉が好きなのも、果物の中で桃が好きなのも、肉の付け合わせにネギがすきなのも、飲み物はコーラが好きなのも、全て貴之が知っていることだ。
ただ、アメリカで好きになった、マッシュポテトのことは、家族すら知らないはずだ。
 まさかと玲央は、不安になって貴之を見た。
 貴之は笑って言った。
「アメリカのことはずっと調べていたよ。君のアメリカの友達はおしゃべりが多いね」

 貴之はそう言った。
 玲央は、もう逃げられないのかもしれないと思えてきた。
貴之はアメリカにいる間に、玲央からの連絡はないから、自分で誰かをスパイに使ったのだ。玲央が安心しきって暮らしていたアメリカでの様子は友人の誰かによって、金で売られたのだ。
「座りなさい。食べよう」
 貴之がそう言った時、玲央は放心したままで椅子に座り、貴之が話す、これからのことについて、呆然としたままで話を聞いた。